第62回

10years

 10年前の気持ちを思い出してみよう。だけどこれはなかなか出来ることじゃない、美化されているしその逆もあるから。じゃあ10年前自分が持っていたものを思い出してみよう。あくまで物質的に。そのころ持っていた本、信じている人に借りた本、そのころの自分の棚にあったCD、それを聴くのに使っていた装置。そのころよく行っていた場所、好きだった場所。こうしているうちに10年前の自分と、その気持ちが少しづつリアルになってくる。
 それらを手に入れるために自分がしたことを思い出してみよう。お金なんてたいしてなかったはずだ。だけど器用なあいつみたいに誰かにうまくたかることもできなかったはずだ。そんなとき自分はどうしたんだろう?そして、自分はどうしてそれを欲しくなったのかを思い出してみよう。今の自分はマーケティングの標的だ。街にいるだけで、TVを観るだけで巧妙に物欲を刺激されてしまう。だけど10年前の自分はそうだったか?若い魂は、外から自分の気持ちを刺激されることには過度なほど敏感じゃなかったか?そんな自分が、どうしてもそれを手に入れたいほどの気持ちになったのは何故?
 10年前の自分がだいぶリアルになってきたところで、彼を今の自分の部屋へ招いてみよう。自分は留守にしておこう。彼だけをひょいと自分の部屋に置くのだ。自分の生活状況や気持ちなんてものを彼に教えてはいけない。そこにあるのは、地元のどこを捜しても見つからなかった本、何倍にも増えているCD、遥かに進歩しているオーディオ装置、手に入れることなんて絶対にできないと思っていたコンピューター、そして楽器。今の自分の部屋は、彼の欲しがっているものに満ちているんじゃないのか?そして彼がいるその場所を彼に教えよう。彼は「これなら何でもできる」と思うんじゃないか?
 衰えた自分の気持ちを奮い立たせるには、工夫が必要なんだ。自分の持ち物と状況に不満をぶつけて「こんなんじゃ何もできない」というグチを吐くだけの人間になって、そういう同志を周りに集めているようじゃ、もうNo Futureだ。死んだ方がいい。衰えた自分の気持ちを奮い立たせるには、工夫が必要なんだ。流されて生きてきたんじゃないのなら、何かが自分の手にはあるんだ。それとも、流されているあいつは自分なのか?衰えた気持ちを奮い立たせるには、工夫が必要なんだ。哀しいことだけど、気持ちというのは衰えてしまうものなんだ。そして、自分の気持ちを奮い立たせる工夫は、頑張って自分で見つけるしかないんだ。
 英語だと、これぐらいの量の言葉を3分半の曲に詰め込めるけど、日本語は難しいね。こんなに言葉を詰め込んだら、えらく長い曲になっちゃう。だけど、舞台と登場人物をきちんと設定して、そこでの営みをシンプルに描くことができれば、余計な説明を省くことはできる。『指輪物語』みたいな、ばかみたいに長い状況説明はいらない。と、こんなふうに、唄うべきことと、それの表現の仕方を、いろいろ工夫しながらテクマ!は今日も曲を創っています。今後ともよろしく。今度は、モア・ベターよ。人身ばいばーい!

062.jpg

▲ページの上へ